私のおすゝめエロ漫画㉔

R7 3月

こんにちは司祭です。”隷辱ノ戦巫女”という作品の読後感等を認めさせていただく。

平日は張れないカイロを握り末端にぬくもりを与え勤労の義務を果たし、休日は湯たんぽを転がしながら天井のシミを数えるor雪掃除。ギリ安土桃山時代の方が良い暮らしをしているのでは?と不届きな考えもよぎってしまいます。

なんたって雪、あいつやべ~まじ。司祭プレゼンツ嫌いな白くて軽いものランキングにおいて、長らくフケが玉座をほしいままにしてきましたが、とんでもないダークホースが現れてくれあがりました。

しばらくは雪、、共演NGで。

でもそういうときに限ってテレビから呑気に童謡の雪が聞こえてくるんです

ゆぅーきやコンコン♪あられやコンコン♪ってね。

なんです?煽ってるんですか?そんなにママさんダンプで遮二無二雪を運ぶアラサーの背中が滑稽ですか?こんなひがみが頭の上を錯綜しています。子どもにとってはテンションの上がる曲かもしれませんが、私にとってはデスマーチです。短調にでもしてしまえばもうまごうことなき葬式です。

雪を運んで寝て仕事。こんなシングルタスクをループしているうちに気づいたことがありました。

そう、あそこが勃たなくなったのです。

もうアラサー、漢としていられるデットラインが迫ってたのか(泣)。古今無双とまで言わしめたヤツも年には抗えなかったか。私はしばらく股間を撫でながら一振りの刀で戦場を駆け抜けた思い出に浸りました。それはまだ春を感じさせない黒い雪の夜のことでした。

これから起こるであろう伴侶を娶り幸せになるための資格が剥奪されエキサイティングな経験をせぬまま死んでいく。そんな絶望とも取れる劣等感は隠しきれません。

会う人皆に私の顔色の悪さを言及されたため自分も気になって洗面所の鏡を訪ねてみました。鏡は私を手塩にかけた一人息子に徴兵の赤紙が届いた老人のようだと表現しました。確かにどうすることもできない無力感、自他に対するやるせなさはどこか似たものを感じます。注いできた愛の量だけ器が壊れたとき失う愛は多くなる、中学校で習った質量保存の法則というやつを身を持って感じました。

そんな中、時が過ぎ3月。雪が融けて近くの小川にもきれいな水がどくどくと流れ、川端にふきのとうが芽をちらつかせる頃、

勃った!勃ったよ!

クララが遂に勃ちました(泣)。

確かあれは青色発光ダイオードについてのゆっくり解説動画を見ていたときでした。そんな頃、突如パンツの中で圧迫されるという久方ぶりの感触を覚え発光ダイオードそっちのけでパンツを脱ぎました。

は、半勃ちしとる!?もう勃たなくなってから1ヶ月ほど、諦めもついていた私のもとに朗報が飛び込んできたのです。

そこからは死に物狂いで復旧作業に取り組みました。とりあえずきりもみ式火起こしのように摩擦による刺激を加え続け、目尻に涙を溜めながら気持ちを言霊にして頑張れ!頑張れ!と震えた喉で声掛けを行いました。客観的に見ればカオスですが私にとっては無人島サバイバルさながらの緊張感があったのです。それから5分程度たったでしょうか、かつて風前の灯火だったものが息を吹き返し、烈火のごとく暴れまわろうかというところまでになりました。

ですが私はそこでは止まりませんでした。今辞めたらまた萎えるかも知れないシコシコ。死ぬ直前一時的に容態が安定する、いわゆるラストラリー現象ではないのかシコシコ。そんな不安の矛先は当然チンチンに。目尻の表面張力によるダムは決壊し半開きの口元から感じるしょっぱさなんぞ気にも止めず心の向きはこいつを絶対に助けるという思いでいっぱいいっぱいでした。

心臓マッサージのようなテンポ早めのペースでしごきを加え続けましたが、どうやらブランクのあるチンチンには刺激が強すぎたようです。遂に私は立ち往生してしまいました。しばらくぶりの爽快感に襲われ、感情が無になった私でしたが何色でもない涙だけは絶えず流れ続けました、これはきっと安堵感から来た涙であり、私の泣き所はチンチンだったようです。

へへ、おっかしいな。卒業式ですら泣かなかったのに。

結局泣くことのできなかった小、中、高、大卒業式。それでも親はもれなく泣いていました、桜を散らすほど威勢のいい春雨のように。でもそれは冬が抜けていない冷ややかなものではなく、かといって暑苦し過ぎないちょうど実家のお風呂ぐらいゆったりと安心できる涙でした。

当時はなんで自分のことでもないのに泣いているのか甚だ疑問でした。ですが今なら分かります。自分では無いからこそ泣いていたのですね。

「子どもも居ないのに何だその知ったような口は(怒)」と思われるかもしれません、ですが今日くらいは語らせてください。

歳を重ねていくごとに口数が減り疎遠になっていくのが家族というもので、ひとつ屋根の下に住んでいたとしても他者の変化に気づくのは難しくなるのが常です。そんな中、卒業という節目では嫌でも成長を感じてしまいます。

伸びた背丈、健康優良な体躯、着こなされた制服、入学とは明らかに違う不安を自信で覆いかぶせたような目、挙げていけばきりがない。それらはすべて、愛する我が子が困難に打ち勝ったことの証明であり、ずっと支え続けた親の価値そのものです。

そんなことを考えるとまた目頭が熱くなってきました。でも今回は先程のように自分の地位が担保された安堵感からきたものではなく、これは愛すべき我が子の頑張りの実感がトリガーになったのだと思います。

左手は目頭に、右手は股間にあて長かったオフを尻目にいっちょ開幕戦へと参りたいと思います!

ふぅ

不本意な禁欲も終わりを迎えのうのうとしたエクスタシーが我が身を抱きしめて離さない。

???「ありがとうチンコ、僕の名前はチンコニギニギハヤイキオナニヌシ」

やり手婆によってチンコという高尚な名前を取られたチ「すごい名前、神様みたい」

そうだった、オナニージャンキーの私にとってオナニーとは生き甲斐だったのだ。

ありがとう(泣)…

ありがとう(泣)…

こんな気持ちを思い出させてくれて…

それはさておき…

いやはや、久方ぶりの手淫のお供に異種姦を選択するとは我ながらあっぱれである。

この同人誌をチョイスした自分もあっぱれだし、この同人誌はもっとあっぱれ。

簡単なあらすじとして、鬼と戦う巫女姉妹の妹が強大な力を持つ大鬼に犯され、そこに姉が登場するといった感じである。

誰々のために~といった自己犠牲を私を含め日本人は美しいと感じると思う。これは日本の先人たちの考えに由来している。主君が死んだから自分も腹を切る、国のために死ぬといったお国柄が私の考えに影響しているのだ。それは今の少年漫画などにも如実に現れている。ヒロインが主人公をかばって的な。

自分の身がどうなっても大切なものを守りたい。そんな精神が姉妹間で伴われると更に美しく、抜けてしまう。この作品はまさしくそれである。”姉は妹のために、妹は姉のために”そんな気持ちが私の右手に魔法をかけたのだ。

あと妹のプライドが高い性格もいい味を出している。大鬼の手下である雑魚子鬼に弄ばれているという屈辱的な表情がたまらない。個人的にはお札のニップレスが子鬼にカリカリされているコマもいいと思った。

抜き方としては、子鬼でお茶を濁しつつ、大鬼でフィニッシュするのが王道であろう。

ちょっとしたEDにより無期限の休載を強いられました、シコる頻度は全盛期には程遠いですが徐々に回復してきております、これからはきちんとこなせるようより一層邁進していく所存です。

司祭先生の次回作にご期待ください!

今回レビューした作品はこちら↓

隷辱ノ戦巫女

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